元VOD業者として感じた「72時間ホンネテレビ」
11/2から三日間ぶっ通しで放送された、AbemaTVの「72時間ホンネテレビ」。
元SMAPの香取慎吾、稲垣吾郎、草彅剛の三人が主演。中には地上波で出来なかった元メンバーの森且行との再会を21年ぶりに公開するなど、大人の事情を全力で粉砕する内容に日本中が盛り上がった。
その視聴者数は(おそらくPVベースで)6000万人。この数字はこれまでのVODサービスの常識を覆す数字だ。同時に電波法等により寡頭競争となっていたテレビ局(主にキー局)の度肝を抜く数字でもあっただろう。
AbemaTVは、いわゆるインターネットTVである。2016年にサイバーエージェントとテレビ朝日が出資したネットテレビ局として立ち上がり、地上波ではできないやんちゃな番組作りをウリとした。そのコンテンツ制作ぶりは地上波では収益が見込めないミニマムなものから、スポンサーが付きづらいエッジの効いたものまで様々。標榜した通り地上波では(大人の事情で)放送できない番組を次々と生み出してきた。
放送倫理や世論でがんじがらめとなった地上波を傍目に、AbemaTVはインターネットTVという新しいフィールドで、新しい番組作りに取り組んできた…といえるだろう。その運営には多少の粗があり、不慣れゆえに問題を起こした事も少なからずあったが、サイバーエージェント一流の「その場の勢い」で押し流し、今回の成功につなげていったのであろう。
さて、AbemaTVは国内のVOD(Video On Demand。動画配信サービスのこと)業者の中でも新参である。
ストリーミング放送局としてはGYAOが2005年に立ち上がっているし、その他のVOD業者も老舗のショウタイム(現楽天TV)を始めDMMなど中小サービスを含めれば枚挙に暇がない。
また3~4年ほど前から流行を始めているSVOD(Subscription Video On Demand。定額視聴サービスのこと)サービスもAmazonプライムビデオ、Netflix、U-NEXTと海外勢を中心にユーザーの支持を集めている。
海外勢を中心にオリジナルの番組を作るサービスも増えてきた。Netflixなどは日本のスタッフを集めてオリジナルアニメを全世界に向けて放送すると発表している。Amazonビデオのオリジナルエンターテインメント番組も好評だ。
一方で国内のVOD業者は今ひとつ「オリジナル」を扱いかねている。海外勢のように巨大な資金を落とす習慣(発想)がないからだ。
日本におけるVODサービスは割の良いビジネスとして生まれ、巨大な資金を落とさずともレンタルビデオ店のまねごとができるサービスとして始まっているのである。特に老舗と呼ばれるサービスの多くは2006~2010年頃のブロードバンド時代に非常に美味しい思いをしてきている。その幻想と成功体験から抜けきれずに、微弱な衰退を続けているのが国内のVODサービスの実情である。
そこにきてAbemaTVが現れた。年間200億という、国内の某大手VOD業者が年間に使っている仕入れ予算のおよそ6倍という大金を捨ててコンテンツとサービスのクオリティを高めてきた。その結果が今回、72時間ホンネテレビの成功というカタチで現れた。
AbemaTVはAVOD(Advertising Video On Demand)という仕組みを取り入れている。
AVODは名前の通り、広告を収益源としたサービスである。番組の頭や中程に広告を挟むことで収益化を計る。
つまりは、テレビ番組と一緒である。
そのビジネススキームからみても、他の動画サービスがVODやSVODといったインターネットならではの動画配信手法に固執する中で、AbemaTVは真剣にテレビ局になることを目指しているように思える。
そして72時間は、AbemaTVがインターネットサービスから本格的なインターネット放送局へと脱皮するための試金石であったといえる。そしてその試験に、予想を大きく上回る結果を持ってAbemaTVはクリアしたと言える。
これはネットのVOD業者はもとより、現在電波を占有している既存のテレビ局にとっても変化を強いられる「事件」となるだろう。
大人の事情や既得権益でがんじがらめとなり、M3層、F3層といった高年齢層にしかリーチしなくなった既存のテレビ局だが、そのM3層、F3層もあと5、6年すればロスジェネ層が入ってくる。
好奇心旺盛な20代にインターネットの勃興を経験し、すでにテレビを見なくなっている層が、インターネットによるVODに慣れた世代が、既存テレビ局の主戦場に入り込んでくるのだ。
予算を言い訳につまらない番組ばかり作ってきたツケがまわってくる。ロスジェネが入ってくるまでに既得権益の鎖を切り刻み、しがらみから逃れることができるか。72時間ホンネテレビはそれを目に見える形で各局に突きつけたカタチとなるだろう。
世間の耳目を集め、その存在を確かな物としてAbemaTVの躍進はこれからも続くだろう。
また今回の成功を受けてVODビジネスに乗り込んでくる企業もあるかもしれない。VODの世界とテレビの世界に大きな変化が生まれるかもしれない。
それは映像コンテンツのあり方さえも変えるかもしれない。元VOD業者の私として、それは楽しみな変化なのだ。
さて、ここから1000文字ほど、極めて個人的な感情について吐露したい。
72時間ホンネテレビを見て、私はある感情にかられていた。
それは、悔しさであった。
インターネットのテレビ局でもここまでできる。AVODでもここまでできる。それは「しょせんテレビ局にはなれない」と自分自身でリミットを決めていた多くのVOD業者の度肝を抜いたに違いない。
私もそうだった。72時間ぶっ通しで見たわけではないが、あらゆる場面で豪華な地上波と明らかにちがう、ところどころでは設備がミニマムなインターネット放送ならではの省力化がはかられ、山場となる場所ではコスト(主に出演者等の)が駆けられるという緩急のついた番組になっていたように思う。
逆に言えば、放送枠の限界も含めてインターネット放送だからできた事であり、逆説的にインターネット放送でしか実現しえなかった番組であった。
インターネットでビジネスをする人間は、インターネットという枠内で仕事をしたがる。そしてその枠を自分たちで決めてしまう悪い癖がある。インターネットという比較的新しい産業に携わっていることにも原因がある。すでに保守的な思考になりつつあるというのに、新しい事をやっているような気になってしまう。
だが、それを良しとしないイノベーターが限界を打ち破り、インターネットの世界は広がってきた。
今回の72時間テレビは、まさにVODに携わるあらゆる人間の想像を超え、限界を打ち破った番組であった。
世の中の変化は、「できるはずがない」を打破するところから始まる。結論から言えば、AbemaTV以外の業者は、VODの常識にとらわれて革命者にはなれなかったということである。
いや、誰も考えなかったわけではない。
むしろVOD業者のほとんどの人間は、72時間テレビのような番組を作りたいと一度は夢想したはずだ。
だが、カタチにはできなかった。いろいろな理由はあると思うが、一番大きな理由は「実現できるはずがない」と夢を諦めてしまったことだろう。何がなんでも成し遂げるという気持ちを貫けなかったからだ。熱量が後発のAbemaTVよりも少なかったからだ。
その原因は、自分(自社)のプランニングの限界であったり、予算の問題であったり、大言壮語だと笑われたりと様々だろう。
しかしその事を笑うことは、誰もできないだろう。かく言う私も、まさにそのような保守的な人間であった。予算投下の効果ばかりを気にしてミニマムに仕事を仕上げるあまり、大きな事をやらずにミニマムにまとめるクセがついてしまった。
だからこそ、予算的なKPIを無視し、「これこそがエンターテインメント」と言わんばかりのAbemaTVがうらやましく、またそのような仕事ができなかった自分が、自分を貫けなかった自分自身を感じてなおさら悔しいのだ。
もちろん、私が所属していた会社の事情、私が所属していた部署、私が与えられていた役割などを並べてみれば、72時間テレビのような大仕事ができるわけではない。
しかし、それら言い訳を並べたとしても、何かユーザーの記憶に刻み込むような、時代に爪痕を残すような仕事ができなかったことを今更ながら恥じた。
あまりの悔しさに、5日の夜は布団の中で歯をくいしばったほどだ。
今なおVODの仕事に携わっている諸氏には、私のような悔いが残らないよう、72時間ホンネテレビを他山の石とし、AbemaTVに負けないコンテンツ作りに励んでもらいたい。